昔、僕にはレガシーというフォーマットに夢中になっていた時代がありました。

昔、名ばかりだったフォーマットのタイプ1.5がレガシーに改名された時
その当時大学生だった僕は「エクステンデッドで落ちたデュアルランドや
FORCE OF wILLが使えてパワー9等の10万円級のカードが無くても遊べるフォーマットができた」と聞いて興味を持ち地元の友人達と思いつくだけのレガシーデッキを組んで試していました。

今では愛知を代表するレガシー大会C.B.Lが始まるよりも約1年前に(後にC.B.Lの会場となる)BM名古屋店で愛知初のレガシー公認大会が開かれました。

その時は参加者が約10人ほどしかいない今から見ると小規模な大会でその大会で僕は友人達との練習のおかげか優勝できました。

僕は《リバーボア》や《怨恨》、《呪われた巻物》が入った赤緑ステロイドで決勝の相手は《貿易風ライダー》の入った《適者生存》デッキでした。

注)現在では《適者生存》はレガシーで禁止されています。

今、思い返してみると平和な時代でした。



そして、大学を卒業し社会人となった僕はMTGに割ける時間が少なくなり1時期トーナメントプレイヤーを引退しMTGは休日にレガシーで遊ぶくらいのものとなっていました。

注)現在では新卒で入社した会社は辞めました。

今、思い返してみると経営陣が色々と駄目でした。


1時期、GP岡山のサイドイベントレガシー3位になった約半年後GP神戸でトップ8に入った僕は調子に乗ってMTGというものに対してやる気が出ていました。

BM灘波店のレガシー1周年記念大会に参加するためにだけに大阪まで遠征したのもこの頃でした。


第2回目のエターナルパーティでトップ8に残った頃はレガシーというフォーマットに対してやる気があり日頃からよく練習していました。

その後約1年は大規模なレガシーイベントに参加してそこそこ上位に残ったりとレガシーというフォーマットに対してやる気と練習は維持していました。

しかし、時は流れ次第にリミテッドや新しく制定されたモダンというフォーマットに興味の対象が移っていき・・・

何年か前からGPの会場に行ってもサイドイベントのレガシーには参加しなくなったりレガシーの大規模イベントに遠征する事はなくなりレガシーはたまに地元の店舗大会で遊ぶ位のファーマットになっていきました。

周囲からは
「KKは《真の名の宿敵の登場》でZOOが勝てなくなったからレガシーの大会に出なくなったんでしょう」とか言われていましたが・・
それよりも前に「《実物提示教育》から《グリセルブランド》とかいう禁止カードよりも強いクリーチャーが出てくるようになって環境が駄目な方向に進んでいるなと思っていました。

SNTに対しては《忘却の輪》という露骨な解答に辿りついて勝ち越してはいましたが・・
相手が最速2~3ターン目で《実物提示教育》を叩きつけてきた時に・・
手札に露骨な解答がありますか?ありませんか?というだけのやり取りにゲーム性を感じなくなっていきました。

違うアプローチからレガシーに対してやる気を取り戻そうとケンバブレードとかいう完全なネタデッキを作った事もありましたw


そして、レガシーというフォーマットに対してやる気をなくしていた去年
「京都で日本初のレガシーGPを開催します」というニュースが流れました。

かつて、レガシープレイヤーだった頃に望んだ日本でのレガシーGPというニュースでした。

なるべく国内GPには参加したいと思っていた僕にとってはまずレガシーというフォーマットに対するやる気を取り戻す事が0回戦となりました。

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